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師走

師走 気がつくともう師走。 急に寒くなって本格的な冬の到来となった。 あらためて振り返るといろいろとあった年だった。 社会的にも個人的にも。 そして、今、鏡に映し出される等身大の自分を いちいち確認しながら記事を書いている。 お気に入りドレッサーでをデスク代わりにする冬の深夜。 今年の重大ニュース。 職場の人事異動で看護助手に転職した。 ジャズヴォーカルのレッスンに行き始めた。 引越し。 20年ぶりに弟と再会する。 12年ぶりに大阪へ行く。 ダーリンとさらに絆を深めた年。 そして、夢はもっと広がる。 大丈夫。積み上げてきたものは無駄にはなっていない。

季節風 [エッセイ]

なんだか雑然とした部屋の片隅に、等閑にされたいろんな物が積み上げられている。

そんな日々の休日を今日も過ごしながら、それでもがんばっている自分をどうにかして褒めてあげたいと

心地いいものを求めて、今日だけの素敵時間を丁寧にラップングして自分にプレゼントする。

明日はいったいどんな日になるだろうか。そんな予想は何もない。考えても仕方ないもの。

だって、3分後に予想もしないことが起こるんだもの。


春先の嵐のように吹き荒れる季節風

いろんなものを巻き込み、いろんなものを吸い取り、うっかりすると足をすくわれてしまう。

熱情的な恋の足跡のように吹き荒れて、そして春をいざなう。


ほんとうの春の前触れ。

真実の愛はここから始まる。ゆるぎない愛のもうひとつのプロローグ。


吹き荒れた嵐に傷ついた恋人たちは、実は春の妖精なのかも知れない。

エッセイと私 [エッセイ]

何がエッセイなのかよくわからず書いてる自分だけど、自分が読んでも心地いいものを書きたい。

いつもそう思いながら、ポエムと同じ感覚でその一瞬思いついたことを書き連ねてる。

そして、その人が一瞬でも違う世界に引き込まれるような心地いい時間。

そんなものを自分以外の人に提供してみたい。ある意味、創作側の贅沢な夢・・・


朝飲むカプチーノの香りが漂う瞬間。

ふと込み上げる癒しと愛しい自分の心。

そしてさっきまで過ごしていた愛に包まれた愛しい時間が蘇る。

みるみるカプチーノが愛のエッセンスに反応し癒しの空間を演出してしまう。

思わずキスシーンを再現したくなってしまう。


ここまで映画のほんの3秒のワンシーンになるかな(笑)


やっぱり基本的に人生ロマンチックに過ごしたい。その瞬間が多ければ多いほど

辛いことも大変なことも受け止められる。ラッキーなことに出くわすことも増えていく気がする。

天がみかたをするてことかな。

自分の人生はとことん信じたい。最近、そんな風に思うようにしてる。

自分に関わるもの、場所、人、心。信じること。それが自分をも信じること。

そう思うことでひとつの偶然がミクロの偶然と重なり、時に奇跡を生むこともあり得るかも。

偶然は必然だから起こるとよく言うけれど、偶然も必然も自分の心次第だよね。


朝飲むカプチーノが癒しの空間を創るのも、私がカプチーノを信じ愛してるから。

大げさかも知れないけれど、そういうことなだろうなと思ったりする今日この頃。


だから、愛しい人と過ごす時間は人生で計り知れないロマンチックで最高の時☆















白いもの達と生活 [エッセイ]

白いお皿に無造作に並んだ赤いプチトマトがなんとも愛しい。

小さくて可愛くて食べる前から甘い。小さいけどその存在感にいつも心がやられてしまう。

これ以上熟れ過ぎず堅くなり過ぎずそのままで・・・

そんなプチトマトと自分を重ね合わせて、ちょっとだけプチトマトが羨ましく思う瞬間。


この部屋を探して最初に見たとき、家具は真っ白に揃えようと迷わずに思った。

そして、そこから白にこだわり白を探し歩く。

吉祥寺に小さいけれど、この部屋にぴったりくる家具を置いてある家具屋さんを見つけた。

家具やインテリアを選ぶのは楽しい。



艶々の白いドレッサー、キャビネット、テーブル。私のお気に入りベスト3☆

食器も主要な物は白で、デザインにこだわった。ささやかな贅沢。

TEA ROOMとか私の部屋が好き。ナチュラルで品がいい。とても癒される。


部屋はフローリングなので白いモコモコのカーペットを敷いている。結局、年中敷いてる。

通販だけど、結構このカーペットが高かった。気持ち良くてその上でよく眠ってしまう。お気に入り☆

その上でダーリンとよく戯れる。それがまたまた気持ちいい。


最近、また白いものが増えた。キーボードとアロマ。

ニューフェイスながらこの部屋ではなかなかの存在感で、いい仕事してるいい相棒。

時に癒しグッズであり、時に時間の充実をもたらしてくれる。

そして窓から見える白い雲。なぜかこの部屋にとても似合う。


この白い生活に足りない物。昼間の雲が見えなくなる夜のための間接照明。

これがなかなか見つからない。君は何処にいる?この部屋に合う君。

君に早く出会いたい。


あっ、もうひとつ大切なこと書き忘れてる。

この白い部屋で凄く似合ってること。

恋人たちのキス。みるみるうちに其処はピンクに染まる。不思議な部屋。










秋に始まり秋に深まる [エッセイ]

秋に始まり秋に深まるもの

何を連想するか・・・いろんな視点があるけれど、秋という季節は誰もがロマンチックな気分に

陥りがち。恋に肩をたたかれてしまう季節。

暑い夏が去ったあとの何とも切ない感傷的な詩的な心に支配される。

そんな心に隙間なく入り込んでくる。恋の始まり。秋はそんな季節・・・


でも、それは突然始まるものではなく、ほんの小さな出来事やささやきや一瞬の積み重ねが

知らず知らずのうちに大きくなり果てて、気がつくと心の中で膨れ上がっているもの。

もしかすると、自分の意思以上に、心はその思いを抱えて弾けて弾けて熱くなっているのかも。

だから恋をすると苦しくなるの。

お互いの思いを、時には無意識に、時には意識的に通わせながら。

それはいつの間にか始まっている。お互いの思いを告白する前に。


よく聞いたり聞かれたりすること。

彼のどこが好き?彼女のどこに惹かれる?僕のどこが好き?私のどんなところが好き?

好きな部分を問われると答えに困ってしまう。

好きなんだから全部好きに決まってる。全てを含めて好き。好きだから好き。

どこていうわけじゃなく、なんとも言えない相手のフェロモンに引きつけられてしまう。

説得力があるようでないような説明だけど、それが相手を愛してしまってる正直な心。

本当の恋をしている人誰もが実感していることなのでは?


思い返してみると、秋に始まり秋に深まり、9月からそして11月に至り・・・

そして思いは弾けて切なく甘い恋のポエムがどんどん増えた。


そんな秋から2年経つんだな~

その頃の状況と今とは生活も環境も全然違うけれど、あらためて感じることは・・・

もちろん、恋続行中では変わりないけど、恋が深い愛に変わってること。

秋というこの季節、どんどんどんどん深められて朝を迎える度に愛が濃くなっていく。

だから、秋そのものを愛してやまないのだ。










Come Awey With Me [エッセイ]

久しぶりの休日。

午前中めいいっぱい日常の雑多なことをしていても不思議な感覚に陥る。

お気に入りアルバムNorah JonesをBGMに過ごしていると、まるで映画の主人公に

なったみたいに映像が浮かび気分が軽快になれる。

生活そのものが映画になれる。

晴れた午後のベランダ洗濯物がいっぱいに干されていても、それが絵になるんだから不思議。

音楽効果て凄いなとあらためて思う今日。

twitterを初め、そこからまた分野が広がり業界の方と知り合うことが多くなった。

音楽はもちろん様々な芸術家の方を知り、とても刺激になる。

まだまだ人生は楽しみが未知だと感じる。

そして書きたい意欲がふつふつと湧いてくる。そして全ては世界に通じていく。

音楽も絵もポエムもストーリーも映画も全て。

積極的に伝えていくことの重要さもだんだんわかってきた。


最近、拙い英語もtwitterに取り入れてる。

インターネットも世界には色んなコミュニケーションの場があるとあらためて知る。


なので英語もできないと駄目だと痛感している今日この頃。


いい休日を過ごす為に心がけていることのひとつ。

趣味の幅を広げることと興味あることには、惜しみなく入り込んでいくこと。

思いつきでもチャンスがあれば参加すること。そこから何かが広がることもある。

生きる上で大切なこと。生命とエネルギー。

ある演奏家の方が言っていた。言い方を変えると、時間とお金。

生命は時間でエネルギーはお金。

誰もが持ち合わせているのに、それに気付いてないだけかも知れないと言う。

自分なりの解釈で、これは奥深いお話だと思った。


まだまだ上手く使いこなせていない。いや、その方法も掴みきれてない。

休日の午後はひとりお気に入りのBGMを聴きながら、映画の主人公になって

生命とエネルギーを探求するのもある意味素敵かも。


頭の中の音楽 [エッセイ]

小さい頃から無口な女の子だった。

言葉を発しない分、頭の中はいつも忙しかった。

何かを想像する。小さな出来事から妄想に妄想を広げて、気がつくと

自分の中で物語ができあがってしまう。

そこでは常に自分が主人公なのだけれど、そんなことあり得ない。

自分は無理だと思ってしまうとそこで物語はあっけなく終わってしまう。

夢を描いたような妄想なのだから、そんなこと気にしないでハッピーに終わらせればいいのに。

どうしてかいつも同じことで躓いて物語が進まないのだ。

けれどいつも頭の中は、音符が弾くようにどんどんどんどん言葉の風景が湧き出てきて

物語が出来てしまう。 そんな時、いつもどんな顔をしていたんだろうか。

母や友達にいつも言われた。いつもボーっとしてるて。

ボーっと考えてはいたかも知れないけれど、全然ボーっとしてはいなかったのだ。

物語は終わらず夜も眠れない時があった

勉強するのでもなく何かをするのでもなく、想像する、考える、妄想する。

そんな少女時代。遠く離れた友達に手紙を書くのが好きだった。

だから、時々夜遅くまで頭の中に描いた物語を永遠と手紙に書いて送ったこともあった。

体は忙しくないのに、頭の中はいつも忙しかった。

物語や言葉だけでなく、メロディーらしきものも勝手に浮かんできた。

どんな気分の時だったのだろうか。今考えると妙な少女時代を過ごしていたものだ。

音符も読めないのに勝手に曲ができて、たまに歌詞までつけてしまう。

でも、とてもとても世間にも友達にも身内にも誰にも公表できない。

全くの自分の世界で笑ってしまう。 いつの頃からか、時々、詩を書くようになった。

子供ながら勝手に応募したこともある。子供の頃に愛読していた漫画雑誌

何度か応募したけれど、掲載されたことは一度もなかった。

笑ってしまうくらい下手な詩だ。 どんな詩を書いたか思い出せないけど、

子供らしくない変な詩を書いていた。

どういう発想をしたのか・・・兵士が出てきたり悪魔が出てきたり・・・笑ってしまう。

父は小説家を目指してずっと小説を書いていた。

小説家になりたいと思ったことはないけれど、書くのは好きなんだろうか。

言葉の宝箱。こんな頃から見つけていたのかも知れない。


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